冬虫夏草の「坪」

 冬虫夏草(広義)とは、昆虫に寄生する子嚢菌類の総称であり、日本では400種類くらいが知られているらしい。セミを食べるヒグマの研究をしていたら、セミタケ(下写真)がたくさん見つかるので、興味を持つようになった。

エニワセミタケ。宿主はコエゾゼミ
こいつのキノコは形が非常に多様で興味深い。

 超有名な冬虫夏草がシネンシストウチュウカソウといって、チベット高原でとれるらしい。夜のバイタリテーが増進する効果があるとかなんとかで、漢方薬としてとても高値でやり取りされている(楽天調べでは10gで4万円!!)。「ヒマラヤのバイ〇グラ」との呼び名も!最近乱獲と温暖化で数を減らしているらしい。涼しい地域なので温暖化に脆弱なのかな(https://www.pnas.org/content/115/45/11489)。


 近年では、セミの共生菌が冬虫夏草を期限として進化したこと?も分かったらしい。寄生菌が共生菌になったなんてビックリ。リンク

 冬虫夏草研究の中でも野外での生態についての研究は、非常にすくない。自分の知る限りでは、ブナアオシャチホコの大発生の終息要因の一つとして、サナギタケによるトップダウン効果が重要であることを明らかにした東京大学の鎌田さんの研究くらい。

 研究が少ない理由はシンプルで、調査地でたくさんの個体数を安定して見つけることができないからだろう。前述のサナギタケの場合、シャチホコガの大発生が10年周期くらいなので、サナギタケの研究も10年に1回しかできないことになる。

 冬虫夏草は「坪」と呼ばれる局所に集中発生することが知られているが、沢山の「坪」が見つかればいろいろな研究ができるに違いない!、と思っている(小並感)
集中してセミタケが生えている場所。たぶん距離が近い奴は同じセミから生えてるぞ!
 
 日本冬虫夏草の会が出版している「冬虫夏草生態図鑑(生態の解説は少ないが、写真がすごい!)によると、権威である清水大典氏が「坪」をA~Dの4クラスに分けており、Aクラスが「毎シーズン冬虫夏草が発生する」、Dクラスは「犬も歩けば棒に当たる、のたとえ。濃密に歩いて幸運をつかみ取る(この言い回しかっこいいな)」といった具合らしい

 なぜ「坪」ができるのかはよくわからないが
・理由1:宿主の空間分布が偏っているから
・理由2:生息できる環境条件(地温・水分・植生)が限られているから
・理由3:胞子の散布能力が低く、坪内の胞子密度が高く、他の場所では低いから
といったことが考えられる。

 僕が研究しているセミタケの場合、少なくとも「理由1」ではなさそうである。もちろん、冬虫夏草の密度には宿主密度が強く影響するだろうけど。セミの密度はカラマツ林で高いことが分かっているのだが、セミタケはカラマツ林の一部でしか発生しない。カラマツ林内でのセミの空間分布は割と均質な印象であり、「坪」のすぐ外側にもセミ抜け殻は多く見られるので、「セミがいる」=「セミタケ生える」わけではなさそうである。

 理由2についても同様で、同じカラマツ林(地温とか水分は割と均一だと仮定)でセミ密度が同じような場所でセミタケの分布が偏っているので、環境条件のみが「坪」を作っているわけではないだろう。

 「坪」は生育に適した場所(宿主が高密度・好適な土壌環境)に偶然、胞子が分散し、一定範囲に菌糸を張り巡らせて、その範囲内の宿主の多くが感染することで作られるのかもしれない。
 
 「坪」ができるメカニズムも気になるが、冬虫夏草の「坪内」・「坪間」のキノコの遺伝的な違いも気になる。一つの坪がジェネットなのであれば、坪内の遺伝的な距離はとても近くなるだろう。坪間の遺伝的な距離は地理的な距離と相関するのか(Isolation by Distanceという)を調べてみるのもいいかもしれない。そしてこのセミタケのキノコはほとんど胞子を造らないという激アツな個性を持っている。それが坪と関係してたら熱いな。

左が子嚢殻がないセミタケ
右が子嚢殻が付いているセミタケ




 まだプレリミナリデータしかないが、これからアッと驚く研究していきたいな。

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