EcologyのThe Scientific Naturalistsについて

小泉研ブログで書いた内容を 少し改定して、自分のブログに転載します。

2022年11月加筆:投稿規程が全体的に緩くなったらしく、ドラフトはダブルスペース・フォントサイズ12で12ページ以内に収めればいいらしいです。

このポストでは、ESAのジャーナルEcologyが2017年から始めたコーナーであるThe Scientific Naturalistについて紹介します。昨年自分の書いた論文がこのコーナーに載ったので(リンク)、せっかくなのでこのコーナーを紹介。

論文のスクショ。

論文のスクショ。


ジャーナルに載る論文にはいくつかのタイプがあり、原著論文・短報・総説などに分けられます。これらはどの分野でも見られますが、生態学のいくつかの雑誌には、生き物のナチュラルヒストリー注1に焦点を当てることを目的としたコーナーがあり、例えばAmerican NaturalistにはNATURAL HISTORY MISCELLANY(原著と同様のボリューム)、ESAのFrontiers in Ecology & the Environmentが最近始めたEcopics(これは100wordsくらい)があります。ちなみに、The Scientific Naturalistは元々このFrontiersのNatural History Notesというコーナーだったようです。今はないが、かつてScienceにもBREVIAというコーナーがあり、これは分野は様々ですが、時々ナチュラルヒストリーの短い論文が載ってたようです(リンク)。分類群に焦点を当てたジャーナルの場合は、ナチュラルヒストリーの発見・記載が原著や短報として載っていることが多いですね。

 

EcologyのThe Scientific Naturalistはレター形式で字数制限が1500 words、図が最大2枚までで、内1枚は現象を描写したカラー写真は必ず入れる必要があります。データを乗せるかどうかは任意です。ちなみに投稿規定を読むと、“Represent a scientific “aha” or “wow” moment (“I didn’t know that!”) in your own research”(訳:あなたの研究の科学的に「アハァ」「ワオ」な瞬間を示しなさい[私(エディタ)は知らんけど!!])という中々おちゃめなルールもあります(笑)。あと、研究者のみならず、一般の人でも理解できるように、小難しいことは書かないことが推奨されています。査読プロセスは普通で、エディターとレビューアーが付いて、審査されます。

投稿規定には「1パラ目から材料のことについて書きなさい」「観察から思いついた仮説やアイデアで締めなさい」と書かれてます。普通の論文は、一般性のある仮説を示してから、対象の生き物の特性や、その仮説を検証する上で都合の良い点を書くのが普通ですが、このコーナーでは最初からガッツリ生き物の話で始め、最後にそこから着想したアイデアを書いて終わることが推奨されてます。つまり普通の論文とは順番が逆な訳です。 

特に意味はないけどフィールドで見つけたタマゴタケ、これは冷凍した後に味噌汁にするといいだしが出ます

特に意味はないけどフィールドで見つけたタマゴタケ  冷凍した後に味噌汁にするといい出汁が取れます

現在でも、フィールドの観察やナチュラルヒストリーの記載に基づいて面白いアイデアが沢山得られ、テストされていると思うので、わざわざEcologyほどのジャーナルがそれを強調したコーナーを作るのは少し不思議ですよね。

生き物の観察から仮説、アイデアを考えることは生態学の原点だと思います。現在でも多くの生態学者は観察から仮説を得ることが多いでしょう。しかし、論文のイントロをしっかり書こうとすると、どうしても「私が考えた仮説に都合の良い生き物・システムがこいつです(○○モン、君に決めたっ!」」という書き方になります。

なので、普通の論文にはナチュラルヒストリーの発見と観察に基づいて仮説を唱えるプロセスはそんなに載りません。研究の最も「アハぁ」「ワオゥ」な瞬間が「ナチュラルヒストリーの発見・観察」にある場合は多々あるのですが。一方で、The Scientific Naturalistには、普通の論文には載らない「発見→観察→仮説立案」の流れを書くことが推奨されています。

コエゾゼミの羽化、北海道のセミは割と昼に羽化しますね

コエゾゼミの羽化、北海道のセミは割と昼に羽化しますね

もしかすると、Ecologyの編集委員会は、この「発見→観察→仮説立案」という流れがシェアされることを意図してThe Scientific Naturalistを立ち上げたのかもしれません。最近いくつかのジャーナルではデータやアイデアのシェアが進められています。その理由は、これらが学問上重要だからです。貴重なナチュラルヒストリーやナチュラリストの感覚・経験も、生態学の重要な情報・財産なので、それらもシェアする価値があるでしょう。技術の発達によって、素朴なナチュラルヒストリー研究が下火になりつつあることを危惧しているのかもしれません。

また、フィールド生態学者を目指す学生にとっては、発見や観察からアイデアを得るという流れが論文を通して伝われば、かなりエンカレッジされるので(少なくとも僕はそうでした)、教育上もいい効果があるかもしれません。もちろん、著者としても多くの生態学者が読んでいるEcology上で自分のとっておきの発見を紹介・共有できるのは、とても名誉なことです。

その一方で、「みんな違ってみんないい」ナチュラルヒストリー研究の面白さって、個人の価値観に応じて変わるので、どういう論文を受理・却下するかの選択が難しいかもって思う。

僕の論文は、クマがセミを食っているという世界初発見のナチュラルヒストリーの記載がメインです。たぶんEditorとReviewerに評価してもらえたのは、①写真のインパクト;②突然クマがセミを食い始めた理由(シカの増加と関連させてます);③動物の新規の行動が、どのように集団内で広がり(社会学習と予測)、その生態系への帰結(掘り返しが土壌を変えたりすること)を表現したこと(検証は現在進行形)、が評価されたと思います。投稿規定に沿って、「発見」→「記載」→「仮説立案」の流れがありました。①はさておいて、②③は普通にサイエンスとしての面白さが評価されるでしょう。

「クマさんの新しいエサを見つけました」って書いてSubmitしたら一瞬で却下されてたと思います。「クマがザリガニを食べてました。。。The end」だったら、無理でしょう。

ちなみに、僕が個人的に気に入っているのは、著名な群集生態学者のMark Vellendさんの論文です(リンク)。内容はとてもシンプルで、木の根元に春植物が沢山生えていることを発見し、その理由を考察してます。書き出しが「春が来るとナチュラリストは喜ぶ」で、スノーシューで歩いていると木の根元の融雪が早いことに気付き注2、その根元を観察すると春植物の一種がたくさん生えていた、という内容です。これを読んだ後、とてもフィールドに行きたくなりました(笑)。読んだのが春だったので、単に「春が来るとナチュラリストは喜んだ」だけかもしれませんが(笑)

EditorのJohn Pastorさんが書いたThe Scientific Naturalistの設立趣意書のような読み物のリンクも貼っておきます。生態学とナチュラルヒストリーの関係について歴史的な視点から書いてます。興味のある人はぜひ読んでみてください。

Pastor, J. (2018). Natural History and Ecology: Three Books You Should Read (and a Few More). Bulletin of the Ecological Society of America99(2), 242-250. https://esajournals.onlinelibrary.wiley.com/doi/full/10.1002/bes2.13831

 

以上です。次回は研究の話でも書きます。

 

注1:「ナチュラルヒストリー」は、自然の中での生物の生き様や他の生物との関係、くらいのユル~イ捉え方で見ています。厳密な定義を知っている人は教えてください(^^)/

注2:これは「根開き」といって日本でも古くから知られている現象です。その原因と帰結は実は分かっていないらしいです。古くから知られているからと言って、研究が進んでるとは限らないのですね、驚き!!

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