Low costなクマの行動の調べ方。
クマのような単独性で森にすむ大型哺乳類の行動を調べるためには、直接観察では難しい上、危険が伴う(河口でのサケ食いが数少ないチャンス)。 だからと言ってクマを捕まえてGPS首輪つけてトラッキングするのもめちゃ大変だし、金がかかる。実際に多数のクマを捕まえてトラッキングしている地域は、海外だとイエローストーンとかアラスカ、スカンジナビアくらいで、国内だと長野・日光(ツキノワ)・知床(ヒグマ)くらいなものだろう。
特に日本だと欧米と比べて大型哺乳類研究の基盤が整備しにくいので、直接観察なし、かつ捕まえずにクマの行動を調べる方法(non-invasive・非侵襲的とか言われる)について考えてみるのは有意義だろう。非侵襲的アプローチを理解・活用していくことは、クマの生態研究が中央集権化して、多様性が低いような状況を少しでも改善するかもしれない。
てことで、このポストでは非侵襲的方法でクマの行動を調べたいくつかの研究についてまとめて、有効なアプローチを考察してみる。今回は非侵襲的アプローチでも自動撮影カメラは除いているので、実質的には痕跡調査による行動研究ということになる。
1)木を見る
クマはマーキングのために背中を樹木に擦り付けたり、林冠のエサを食べるために木に登る。背こすりされた木は痕跡としては明らかなので、マーキング行動を調べるためにしばしば使われる。木に登る時に爪痕が樹皮に付いたり、林冠にクマ棚が残るので、これらの痕跡を調べることで採食行動を調べれる。
木を調べる方法は、オーソドックスな毎木調査に加えて、記録する項目にクマの痕跡データが追加される感じで調査される。樹種同定と痕跡発見さえできれば誰でも実行できるし、サンプルサイズが稼ぎやすいという利点がある。数人で計測したら1000本単位でのデータが簡単に取れる。
Clapham et al. (2013). The function of strategic tree selectivity in the chemical signalling of brown bears. Animal behaviour, 85(6), 1351-1357.
この研究では、ヒグマはどういった樹種を選んでいる背こすりしているのかを木の残された背こすり痕跡から調べている。全体的に目立つ木(レア種・DBHが大きい個体)を選好して背こすりしているらしい。
方法:ひたすら樹木を調べて、利用可能な木に対する背こすりされてた木を調べることで、ヒグマの背こすりの選択性を調べる。とてもオーソドックスな方法。5×200mのトランセクトを13本設置、樹種構成や多様性を調べる。 背こすり木を見つけたら、その樹木の種類・半径・傾きなどを調べる、その半径5m以内の樹木も同様の記録をとる。たぶん人件費以外はかかってない。
Sato et al. (2014). Selection of rub trees by brown bears (Ursus arctos) in Hokkaido, Japan. Acta Theriologica, 59(1), 129-137.
北海道浦幌での背こすり木を記載して、選択性などを調べた。
1998年から2009年にかけて172本の背こすり木と995回の背こすり行動を記録した。背こすり行動はヒグマの繁殖期である5月~7月にかけてピーク。トドマツへの選好性が高い、たぶん揮発成分が多そうだから。トドマツの利用可能量は高いので、一つ前のようなレア種をマーキングツリーとして好むという結果とは不一致。デカい木を選択する。
方法:これもひたすら踏査して、背こすり木の記録と毎木調査を10年続けている。背こすり行動の季節変化をカメラではなくて、巡回による目視でやっている。10年分プールしたことで統計解析に耐えられるデータを用意できたのかも。
Tochigi et al. (2018). Detection of arboreal feeding signs by Asiatic black bears: effects of hard mast production at individual tree and regional scales. Journal of Zoology, 305(4), 223-231.
日光-足尾山地でツキノワグマのドングリ食べるための木登り行動について、クマ棚を指標にして調べた論文。7年間、毎年約400本の豊凶を調べたらしい。これだけでマスティング論文になるデータ量だ。クマはたくさん実がなっている木で採食。おもしろいのは、ドングリの豊凶に応じてクマの採食戦術が柔軟に変化。凶作年は豊作年よりもクマ棚がたくさん見られる。これはドングリが多い年は一本の気に長く滞在し、少ない年はよりたくさんの木に登っていることを示唆している。痕跡だけでこれだけ採食行動に迫った研究、素晴らしい。
方法:ドングリの豊凶調査とクマ棚の有無をひたすら調べている。7年間の長期データ。統計はベイズ主義に基づく階層モデリングを使っている。時系列データで欠損があるからか?これも捕獲なしで痕跡のみで調べている。
Steinmetz,et al. (2013). Foraging ecology and coexistence of Asiatic black bears and sun bears in a seasonal tropical forest in Southeast Asia. Journal of Mammalogy, 94(1), 1-18.
ミャンマで同所的に生息するアジアクロクマとマレーグマの資源分割があるかどうかを調べたが、それをサポートする結果は得られなかった。木登り痕跡を調べている。Abstを読む限り筆者らはどうしても資源分割していることを主張したいようだが、そもそも低密度のクマでは豊富にある樹木をめぐる資源競争があるのかが怪しい。。。哺乳類屋は生態学の本流よりも学問的時間の流れが遅いので、古典的な競争至上主義的なスタンスなのかな。
方法:トランセクト上に見られた木登り痕跡を調べることで、エサの樹種を調べ、ニッチ重複を調べている。あとシロアリ巣の捕食痕跡も調べている。爪痕はクロクマの方がマレーグマよりも大きく、形も違うらしい(先行研究あり)。両種の爪痕の種判別をきっちりと先行研究で明らかにしたうえで、この研究を実行している。なお、小さいクロクマと大きいマレーグマの爪痕は、区別できないので特定のサイズレンジは不明にしたらしい。ニッチ重複度はPiankaとHurlbertを使ってる。
2)地面を見る
クマはエサをとったり冬眠のために地面を掘り返す。掘り返し跡を調べることでクマの採食行動を調べることがしばしばある。後述するが冬眠は痕跡調査のみでは無理。
Holcroft, A. C., & Herrero, S. (1984). Grizzly bear digging sites for Hedysarum sulphurescens roots in southwestern Alberta. Canadian Journal of Zoology, 62(12), 2571-2575.
この研究では、ヒグマによるイワオウギ属Hedysurum植物の地下部を食べるための掘り返し場所の選択性を調べている。地形・植生・土壌に注目している。掘りやすく・頁岩からなる場所を掘るらしい。Hedysurumの個体数量は、基質の緩さよりも重要ではないらしい。
方法:掘り返しがみられる場所とみられてない場所間で、地形・植生・土壌・地質などを比較。ユニークなのは掘り返しやすさの評価のためにClawometerという熊手とバネばかりを合体させたツールを使っていることだ。この道具はMattson(1997 J Mamm)でも使われている。男心くすぐられる。コストは計測とClawometer作成費用くらい。
Tomita, K., & Hiura, T. (2021). Reforestation provides a foraging habitat for brown bears (Ursus arctos) by increasing cicada Lyristes bihamatus density in the Shiretoko World Heritage site. Canadian Journal of Zoology, 99(3), 205-212.
最後は手前味噌。北海道知床ではヒグマがセミ幼虫を森林再生された人工林でのみ食べていることを示した論文。森林再生がヒグマのエサ場を提供することを初めて示した。おもしろいのは、セミ幼虫が沢山羽化した年はセミがあまり羽化しなかった年よりも掘り返し頻度は低くなることで、セミが少ない年はより広範囲を掘ってセミを探しているんではないだろうかと考察。
方法:100m²プロットを天然林とマツ人工林にたくさん作り、プロット内のコエゾゼミ抜け殻を拾ってセミ幼虫の利用可能量を調べた。プロット内に出現した5cm以上の樹木本数あたりの根元が掘られていた本数を掘り返しの発生頻度とした。ヒグマはセミ幼虫をとるために木の根元付近を主に掘り返すことが観察してて分かったので、根元が掘られているかどうかを掘り返し場所の選択性の指標とした。並行して毎木調査もしてるので、樹木密度や断面積、種組成データも解析に使える。この論文では使ってないが、次回論文では毎木データも解析に使っている。コストは私の1ヶ月の血と汗と涙、それ以外はデータシートの印刷代くらい?
冬眠行動
冬眠行動を痕跡ベースで調べるのは、理論上可能だが、めちゃくちゃ大変、ほぼ無理。多くはトラッキングシステムで穴の位置を特定してから計測している(e.g. Koike & Hazumi 2008 Ursus)。論文にはなっていないが、昔北大ヒグマ研究グループが穴狩りハンターに帯同して支笏湖でのヒグマの冬眠穴の特徴を記載していたことがある。自力で冬眠穴をたくさん見つけることは不可能に近いので、穴狩りのハンターの協力がマスト。しかし、春グマ駆除が禁止された1990年以降、穴狩り文化はほとんど絶滅してしまったので、このアプローチはほぼ不可能。
まとめ
今回はクマのことを調べたければ、木と地面を見ろ!という内容でした。クマの研究したい人は研究対象というよりは動物としてのクマを愛する人が多いので、クマを見ることなく木と地面ばかり見るのは耐えられないのかもしれない。クマの生態に対してドライに、知的な興味がある人は、工夫して木と地面を調べてみるといいかも。
まとめると、痕跡を活用したアプローチでも割と面白い行動研究ができるようだ、しかもめっちゃ手軽。致命的欠点は個体ベースのデータがとれないことである。行動学は個体を単位にするのが理想なので、ここが弱点。私も先日行動学のジャーナルにリジェクトされた論文は、個体差が検討できてないという理由だった。特にクマは行動の個体差が大きく、それが研究テーマになることも多いので、この辺のリミテーションは踏まえた上で取り組む必要があるだろう。ただし個体差を研究したかったら数十頭のクマに首輪つけないといけないので、そもそも規模の小さい研究サイトではそんなことできないだろう。むしろ、数頭のクマをトラッキングすることに全エフォートかけるよりは、痕跡調査を工夫して面白い研究を進めたほうが合理的だろう。
理想的には、トラッキングと非侵襲的アプローチを組み合わせることだろう。実際に今回紹介した論文の内、日光と浦幌のグループはGPSでのクマのトラッキングも実施している。論文もGPSトラッキングと痕跡調査のバランスよく出版している。自分は痕跡調査ベースで研究しているけど、クマ研究者でポスト取れたらトラッキングも始めたほうがいいのかもしれない、結局クマを直接知る方法はトラッキングしかないし。。。
アメリカのDavid Mattsonはトラッキングでヒグマの位置を特定し、その場所を訪問して、行動を調べている(Mattson & Reinhart 1997 J App Ecol; Mattson 1997 J Mamm など)。トラッキングではハビタット利用は分かるが、実際に何をしているかは分からない。最近発展しているスイッチング状態空間モデルとか機械学習を使えば休息・採食・移動を分離できるらしいけど、このモデルを当てはめても実際に何を食べているのかまでは痕跡を見ないと分からん。トラッキングと痕跡を相補的に組み合わせることが一番クマに迫れるのかもしれない。
Munro et al. (2006 J Mamm) はカナダ・アルバータでメスヒグマ9頭にGPSを付けて、測位された合計1,032地点を訪れ行動を5種類(bedding, sweet vetch digging, insect feeding, frugivory, and ungulate kills) に分類して、行動ごとの日周性とハビタット利用をそれぞれ調べている。採食は日中・薄明薄暮に起こり、beddingは夜に起こるらしい。この論文は250件くらい引用(Google scholar,21/3/31)されており、ヒグマの活動性についての最重要論文となっている。
あとは、種判別の問題も考慮すべき、掘り返しの場合、イノシシが居る地域だとクマの掘り返し跡かどうかを判別する必要がある。複数のクマ類が生息する場所だと、クマの種判別も必要。痕跡だと、種判別がどうしてもあいまいになるので注意が必要だろう。Steinmetz,et al. (2013)のように、事前にクマ種の痕跡の特徴を調べておくのがベターでしょう。どの研究にも言えるけど、痕跡調査は間接的な調査方法なので事前観察が大切で、痕跡の残り方やどういった行動を反映しているのかをフィールドでじっくりと見たり、飼育個体の観察や自動カメラを使って検証するべきだろう。
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