クマが人里へ出没する理由
6月18日にヒグマが札幌市東区の市街地に出没、計4名を襲ったという事件があった。人にアタックする動画がニュース・SNSで報道されたので、多くの人がこの事件にショックを受けただろう。SNSを見てると、なぜこのような事件が起こったかの原因をあれこれ考察する投稿が相次いでいる。原因解明は大事だが色々な可能性があるので、とりあえずは、出没が起こった時の対応などを市民に普及啓発することが大事だろう。メディアが車でクマを追いかけたりしてたが、あれは絶対にやってはいけない行動だ。
とはいっても、ヒグマが人里に出てくる理由を明らかにすることは、ヒグマと人の共生を考えるうえで最も重要であり、国内外で多くの研究が進められてきた。このポストでは、2014年にスカンジナビアのヒグマ研究者がクマの人里出没のメカニズムについてまとめたレビュー論文の内容に沿って、出没の理由について考えてみる。
この論文ではヒグマの人里出没の内的メカニズム(注)の仮説を4つ挙げている。①人馴れ(Human habiruation hypothesis);②人為的なエサを求めて人里に近づく(food-conditioning hypothesis);③人と接した経験が欠如している人里付近の若いクマが出没する(naivety hypothesis)の3つがあげられている。
(注)ヒグマそのものに注目したメカニズム。里山管理放棄や人の生活圏が森林と近くなった、といった理由はここでは述べていない。
4つ目は、特定の性や齢、繁殖状態(子連れなど?)の個体に偏って出没することを説明する④”despotic distribution hypothesis”というものらしい。捕食回避や干渉型競争などの結果こういった偏ったカテゴリのクマの出没が生じると説明されている。
これらの仮説の関係を整理すると、①と③は対義ではなくて、③は人に馴れてないというよりは、人のコワさを経験していないという意味合いなのだと思う。②は、①や③、④の結果として人為的なエサを覚えてしまったケースが多そうである。①③④が人里を利用するようになるメカニズムで、②はどちらかというと一度人里に出没してしまったクマが、そこを好んで使うようになる理由を説明しているのだろう。
①②③は連鎖的に起こる可能性もあり、人のコワさを知らない経験不足のクマが「不意に」人里に近づいて人為的なエサを食べたり、人に慣れてしまうということはあり得るだろう。
①~③は誰でも思い付きそうな考えだ。④については分からない人が多そう。この仮説は、オスによる性選択的な子殺し行動を回避するためにメス親子が人里に近づく、というHuman shield hypothesis (Steyaert et al. 2014 Proc B)に基づいている。Human shieldによって人里に近づいたことが直接出没の原因になることもあるだろうけど、その結果として人里付近で育ち人馴れしてしまった子グマが将来出没するようになる可能性もある(④⇨①的なパス)。日本では子殺しやHuman shieldのエビデンスはほとんど報告されてないので、この仮説が日本のクマの出没を説明できるかは不明である。
クマ生態研究から得られている出没メカニズムは以上の4点である。クマの本能的な人を襲う気質が出没につながるとかいったメカニズムは、この論文では言及されていない。もちろんこの論文がすべてではないのだが、科学的エビデンスに基づいて出没の原因を考えるという立場に立つのであれば、上記4つのメカニズムを軸に考察してみるのがいいだろう。ただし4つが独立ではなくて因果関係を持っている可能性もあるので、どれか一つの仮説で説明できるケースはあまりないと思う。
以上が論文の概説である。メカニズム間の因果関係とかも考えないといけなさそうだから、人里出没を単純化して説明するのが如何に不適切か分かるだろう。
以下は論文内容とは関係ない。
「エサ不足による出没」は人里出没を説明する仮説としては部分的に的を得ている。これは多くの人が、出没するクマを「可哀そう」と勘違いする原因なので、丁寧な説明が必要だろう。
実際に東北地方では、クマの主要なエサであるブナの凶作年にツキノワグマ駆除個体数が増加するため(Oka et al. 2004 J Wildl Manag)、パタンだけ見ると正しいように見える。しかし、この論文では、凶作指標と駆除個体数の正の相関がみられたのは一部地域であり、すべての地域でサポートされたわけではない。なので「主要なエサの不足=人里出没」と解釈するのは安易である。ツキノワグマはエサが足りない年に行動範囲が広くなることが分かっていることを踏まえると(Vaughan 2009)、行動範囲を広げた結果、確率的に人里に出没してしまうだけかもしれない。
ブナやミズナラの豊凶イベントは、人がクマの生息地を変える以前から存在してるはずなので、エサが少ない年を生き抜く戦略をクマは持ってるはずだ。ただし行動範囲を広げることが適応的な戦略だとすると、偶然人里に出没する確率を高めることで、結果的に死亡率を高めてしまうこともあるのかもしれない(こういうのを進化的罠とかいう)。
そもそも山にエサがない年にエサを求めて人里に降りてきたとすると、それは「人里=エサ」という関連付けをクマが有していることを意味している。「エサ不足」は人里出没の誘因にはなりうるが、その素因はElfstrom論文であげられている4つのメカニズムなのだろう。こういった素因と誘因を分けることは、「ブナ凶作の年に必ずしもクマが大量出没するわけではない」ことを理解するのに役に立つかもしれない。
ただ、「ブナ凶作の年に必ずしもクマが大量出没するわけではない」のは、その地域で利用できるエサの多様性が重要である可能性がある。ブナ科に依存している個体群の場合、凶作年に行動範囲を広げた結果、人里出没につながる可能性がある。その一方で、他の果実を食べることができる個体群だと、ブナ科が凶作であっても他種が豊作であったり、安定して実を付ける種を食べれば、行動範囲を広げず、人里に出没しないかもしれない。ちなみに、このようにエサの多様性が利用できるエサ総量の年次変化を安定化させることをポートフォリオ効果(統計的平均化効果)と呼んだりする。
ただし、代替エサがメインのエサよりも人里に近い場所に多い場合(例:低標高)、そういったエサを求めてクマが人里に近づいてしまう可能性がある。市街地にクマの自然由来のエサが多く分布していることは稀なので、市街地への出没はこれでは説明はできないだろう。クリやカキを食べに里山にクマが下りてくるような場合は、クリやカキが自然由来だとすると、代替エサを求めて人里に近づいたと解釈できる。これはケースバイケース。
上記は秋の出没についてであり、基本的には夏にエサ不足におちいることはあまりないと考えられている。なので、6月18日の出没はエサ不足によるものではないだろうと考えられる。夏の出没が多いことを説明するメカニズムの一つが「幼年期分散(Natal dispersal)」という親別れしたクマの出生地からの長距離分散である。ちなみに適応的な意義は近親相関回避である。幼年期分散はオスの方が長距離である(Shirane et al. 2018 J Mamm)。親別れは初夏に起こるので、この時期に若いクマが沢山出没するのは、幼年期分散の結果、偶然人里に出没してしまうためではないかという指摘している人もいる。実際に、北海道浦幌地域だと近年の初夏の駆除個体はオス亜成獣が多いらしい(佐藤 2013「哺乳類学会要旨」)。人と接した経験が少ない亜成獣は人里をあまり避けないらしく(③naivety hypothesis)、長距離分散の際に人里を横切るようなことがあるかもしれない(Elfstrom et al. 2014)。または、分断化された景観だと必然的に人里に出没してしまうこともあるかもしれない。
今回の出没個体の年齢が分かると、出没の原因が幼年期分散によるのかどうかが推測できるかもしれない。初夏で体重160㎏だとオス3歳くらいだと思うので、微妙なライン。。。
熊の出没の理由は複雑であるため、分かりやすく説明できなかった。まあ「出没原因はそんなに単純ではない」ことを理解してもらえたら嬉しい。明らかになってきたもある一方で、世界中の研究者が数十年研究しても、未だに分からないことが沢山あるわけで。。。これだけ複雑なのだから、報道されるような単純化されて分かりやすい説明を鵜呑みにするのはやめたほうがいいだろう。だからといって論文を読みなさいと非科学者の方々に指摘するのも投げやりなので、研究者がやれることは普及啓発を地道に進めていくくらいなのだろう。
この内容は「クマ出没原因の春夏秋冬」というタイトルでまとめるといいかもしれない。次回気が向いたら季節ごとに出没要因を整理してみよう。そっちはこのポストよりは分かりやすくなると思う。。。
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