私とクマ(子育てと文化ネットワーク佐賀に掲載された記事)
子育てと文化ネットワーク佐賀に掲載された記事の転載。許可は得ている。
頑張って書いたのに、読者が限定的な媒体に載せられたのが残念なのでブログに転載した。
ヒグマ研究グループ
高校卒業後、大学進学のために北海道札幌市に引っ越しました。大学ではヒグマ研究グループ(以下クマ研)という、北海道各地でヒグマを調査するとてもユニークなサークルに入りました。クマ研は1970年にヒグマを見たい!という大学院生が立ち上げた学生サークルで今も元気に活動しています。クマ研の大きな活動は、北海道各地でヒグマの痕跡(フン・足跡など)を記録する調査、樹木のない高山帯での直接観察調査です。ヒグマのフンを見つけると1万円札を拾った時のように大喜びし、ヒグマと遭遇した時は恐怖と興奮が入り交じった気持ちになります(興奮が上回ることも)。直接観察調査では1ヶ月もテントで暮らしながら、離れた場所からクマを探します。クマが見れないとただのテント生活になりますが。ちなみにサークルではヒグマ漬けの日々でしたが、実際の学部は理学部で地質学を専攻していました。1年生の成績で専攻を選べるルールだったのですが、サークル活動が忙しかったため成績が振るわず、嫌々地学を専攻することになりました。
ヒグマを本格的に研究する
岩石の研究は思ったより楽しかったですが、やはり石を砕いているだけでは野生動物への情熱は満たされなかったので、大学院からヒグマの研究を始めました。世界自然遺産の知床半島では、ヒグマが地面を掘ってセミ幼虫を食べるという面白い話を聞いたので、ヒグマのセミ食い行動を研究することにしました。ヒグマのセミ食いは他の地域で全く報告されてなかったので、まずはヒグマのフンをひたすら集め(特技?)、セミ幼虫を食べるための掘り跡やセミの羽化数を記録しました。調査方法は原始的で、毎日森に出かけて、フンを探しながらセミの抜け殻を集め、掘り返されている場所を記録するといった感じです。これを合計2カ月くらい繰り返しました。主な発見としては、①ヒグマは2000年くらいからセミ幼虫を食べるようになった、②ヒグマはマツの人工林でセミ幼虫を食べている、③天然の森よりもマツの人工林の方がセミが沢山いる、の3つです。マツの人工林は戦後に人が作った新しい場所なので、ヒグマのセミ掘り行動は、新しい場所でエサを取ることを学習した結果生まれたようです。研究って分かった事は面白いけれど、調査自体は地味なことが多いですね。私の場合、森でクマフンとセミ抜け殻を拾い続けただけです。知床には、3日森で調査したら1度は遭遇するくらいヒグマが沢山います。調査中もしょっちゅうヒグマに出会いましたが、ヒグマも人に慣れているようで身の危険を感じることはなかったです。
最近のクマ問題
日本には本州四国にツキノワグマ、北海道にヒグマという2種のクマが生息しています。クマはまれに人間を襲うだけでなく、恐怖の存在でもあるため、クマが出没すると大きな騒ぎになります。ここ数年、特に今年はクマによる人身事故や人里への出没のニュースが連日報道されています。ツキノワグマは九州では絶滅してしまったので、九州の皆さんにとってはクマのニュースは関係ない話ですが、今年はたくさん報道されたので関心のある方は多いと思います。最近クマはなぜ人里に出没するのでしょうか?たくさんの原因が出没に関係するので、限られた紙面で全てを説明するのは不可能です。ここでは簡単に説明します。毎年ジワジワと変わる原因と年によって大きく変わる原因に整理するのが分かりやすいです。前者は、地方の人口減少やハンターの減少によって数が増えて生息域が広がったことが主に挙げられます。最近はクマの性格が変わってきていることも挙げられます。最近のクマはハンターに追いかけられていないので、人の怖さを知らない「新世代クマ」が増えていると言われています。後者は、秋の餌であるドングリの実りが少ない年に出没が多くなることが主に挙げられます。ドングリを付ける木は年によって実の数が変わります。なので実りの少ない年は、クマの行動範囲が広がったり、里山に出やすくなるのです。木の数は変わらなくてもドングリの数は毎年変わるので、「餌がなくて出没」は伐採で木がなくなったことが原因ではないのです。
これらを区別すると、出没の原因が理解しやすくなるかもしれません。クマが少なく人を恐れていた時代は、ドングリが少なくても人里に出没しなかった。一方、数が増えて性格も大胆になった昨今は、ドングリが少ない年にはクマは人里に出やすくなったと考えることができます。
動物と人間の共生について大切だと思うこと
クマ出没は社会問題化してしまったため、近年は多くのメディアが報道します。ニュースでは分かりやすいことを優先して報道するため、上で説明したような「幾つかの原因によって出没が起こる」といった説明は省かれることが多いです。また、人は良いか悪いかといった二元論的な判断を好みます。「エサがないから人里に降りてくる」「保護しすぎで増えすぎた」といった考えはどちらも正しく、それが「今年」なのか、「ここ10年」の問題なのかという点が違うのです。Yahooニュースのコメントなどを見ていると、大抵「エサ不足派」と「保護しすぎ派」で対立し、お互い批判し合っています。
動物と人間の共生について大切なのは、自然の複雑さを完全に理解するのは無理であり、1つの原因で全てが決まるほど単純ではない、という考えを持つことだと思います。もちろんゴミ拾いや寄付などもとても大事ですが、こういうアクションを起こす際には、正しい知識に基づいていないとうまくいかないことがあります。いろいろなことに当てはまると思いますが、大切なのは正しい情報を正しく理解することなのです。
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